『Oct.10』
おめでとう、おめでとう。
祝福の声を全身に浴びせ掛けられながら、俺はルキーノの見立ての
スーツを着て、ボスの顔で笑い掛けた。
今日は10月10日。俺の誕生日。
俺は三日前までルキーノと過ごすつもりで仕事を調整していたが、
休暇は突然にお預けになった。
おかしいと思ったんだ、人を死ぬほどこき使うあのクソ親父があっさり
休暇をOKするなんて。
誕生日プレゼントのつもりだなんて思った俺がバカだった。アレッサンドロの
オヤジは、すっぽかしたりなんかしようがないほど盛大な誕生パーティーを
開いて下さりやがったんだ。
何が悲しくて、楽しみにしていた一生に一度の日に招待客に愛想笑いなんか
しなくちゃならねぇのか。余計なことしやがってとこめかみに青筋が浮かぶ。
「お誕生日おめでとうございます」
もう何人目かもわからないが、招待客が笑顔で花束を差し出す。
俺が愛想笑いをしてやり過ごしていると、ルキーノがすっと女の群れから
抜け出し、俺の近くまで来て耳打ちした。
「ジャン、顔が疲れてるぞ」
囁かれて、俺はわかっていると曖昧に頷く。俺の視界はもう次の招待客をとらえていた。
おめでとうございますの雨。何度も聞き過ぎて、それがどういう意味の
言葉だったかもわからなくなりそうになる。
オメデトウゴザイマス。本当に心からそう思っている人間が、一体この中に
どれだけいるのかね。
色んな種類の花の匂いを嗅ぎ続けたお陰で、だんだんと機嫌だけでなく
気分まで悪くなってくる。胸がムカムカするんですけど。
苦痛なだけの時間が過ぎていく。ルキーノは再び客の中に紛れ、ものの数分も
経たずに女に囲まれた。
目に入ったその光景を、身体の向きを変えることで視界から追い出す。
イライラが自分の中で倍増されたのがわかった。本当に、最悪だ。
(なんで誕生日に――――サイコーにハッピーなはずの日に、
こんな目に遭わなくちゃいけねぇんだ?)
したくもない愛想笑いを浮かべながら、恋人が女に囲まれてちやほやされてるのを
見てなくちゃいけないなんて、どんな罰ゲームだよ。
俺は心からアレッサンドロのオヤジを恨んだ。カポとしての面子があるのは理解して
いるし、八つ当たりだとわかっちゃいるが、他に感情の捌け口が見つかりそうも
なかった。
(やばい、マジで気持ち悪い)
上等のグラスのぶつかる硬質な乾杯の音と、人のざわめき。責められてるみたいな
祝福の言葉。甘ったるい花の香り。
一瞬その全てが遠くなって、視界が歪んだ。マジでやばい。
足がふらついて倒れそうになった俺を、誰かが後ろからしっかり抱きとめた。
「大丈夫ですか、ボス」
振り向く余裕もなくどこかの誰かに感謝した俺の耳に、魅力的な低音が囁く。
ルキーノだ。
大丈夫じゃないと弱音を吐いて甘えたくなった俺の肩をルキーノは突き放し、
客に二言三言の挨拶と中座の謝罪をした。そして、俺の腕を引いてテラスまで
連れて行き、俺の額にデコピンを喰らわせると不機嫌な声で言った。
「しゃんとしろ。なに甘えてんだ馬鹿(cavolo)」
言って、苛々とした仕草で煙草を取り出し、火を点ける。煙と一緒に
頭冷やせと吐き捨てたきり、ルキーノは黙り込んだ。
俺は一瞬カッとしそうになったが、すぐに沸点は下がった。ルキーノの言う通り、
バカなことをしようとしていたのは俺だ。
(あんな公衆の面前で、何しようとしてんだ俺)
ルキーノの言う通り、甘えにもほどがある。気分が悪いのは言い訳にもならない。
もう少しで俺は組織の顔に泥を塗るところだった。
「・・・・悪ィ」
俺が青褪めた顔で俯くと、ルキーノは大きな手で俺の髪の乱れを整えるように撫でた。多分、他人が見てもルキーノが俺を甘やかしているようには見えないだろう。
ルキーノは心得ている。俺が客の前で弱いところを見せる訳にはいかない。俺はデイバンを仕切るマフィア、CR:5のカポ、ジャンカルロだ。
「いいか、ジャン。あいつらの中に、本当にお前を祝いに来ている奴なんていやしない。お前を見定めに、弱い所がないか探りに来てるんだ」
ルキーノが周りに聞こえないトーンで言った。俺はその言葉に内心傷つきながら
同意する。
「わかってるよ、ルキーノ。俺を誰だと思ってるんだ?あんたも知ってる通り、
俺は孤児院育ちだぜ?今の今まで、当日に誕生会を開いたことなんかねえよ」
孤児院での誕生会はいつも慎ましく、そして月に一度、数人まとめて行われていた。
文句を言う気はさらさらない。例え半分義務のような祝福の祈りと説法を聞き、
その後に少しだけ特別に菓子が貰えるだけの行事でも、行われていただけずっとましだ。
孤児院を出た後は自分で誕生日なんてする気も起こらず、フツーにやり過ごしていた。
つまり、そんなもんだ。俺の誕生日なんてのは。ジャンカルロ・ブルボン・デルモンテという一人の男の誕生日は。
盛大に行われているこれは、俺の誕生パーティーではなく、ただCR:5のカポを
祝うためだけのもの。祝われているのは、俺の肩書きだ。
ルキーノは一瞬俺の言葉に眉を顰め、小さく息を吐いてスーツの内ポケットを探る。
二本目の煙草でも取りだそうとしているのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。内ポケットの中から出てきたのはシガレットケースではなく、招待状に似た
封筒だった。
「訂正するぞ、ジャン。ここにお前を祝いに来てるやつがいないなんてのは
間違いだ。少なくとも1人はお前が生まれてきた日に死ぬほど感謝してる」
誕生日おめでとう、ジャン。
唐突な祝福の言葉に、純粋に驚いた。
ルキーノに言われて初めて、その言葉が嬉しいものなんだとわかる。今まで
そう言われてこんなに泣きたくなったのは初めてだ。
「バッカ野郎・・・・、反則だろいきなり」
テラスの死角に引きずり込まれて、ルキーノの唇が落ちてくる。触れるだけの
キスなのに、今すぐベッドに行きたいと思うのはどうしてだろう。
「続きは、帰ってから―――だ」
ルキーノの言葉に笑って頷く。お祝いの言葉とキスだけでこんなに幸せ感じちまう
俺は、我ながら安い男だと思う。
(でも、それが俺だよな)
豪華なパーティーも、上等のシャンパンも、デカイ車もゴージャスなプレゼントも
要らない。あればそりゃあ嬉しいんだろうが、ルキーノがいなければつまらないに決まってる。
「サンキュ、ルキーノ。さーて、もうひと頑張りするかあ」
「おいおい待てよ、プレゼントの中身も見ないで行くつもりか?」
ルキーノに言われて、ようやっとさっきの封筒を受け取る。中を開けると、
豪華客船のチケットが二枚入っていた。
「休暇をもぎ取るのに苦労したぜ。ま、ベルナルドもアレッサンドロの親父殿も
お前には甘いからな」
好きな相手と行っていいんだぜ?とルキーノが意地悪く笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えてベルナルドとでも行こっかなー」
ふざけてそう言うと、ルキーノはそりゃ困ると笑う。
「俺の領収書を受け取る相手がいなくなっちまうだろ?」
うわ。さらっとひでぇ事言ったな。自分で挑発しておいて、容赦がないぜ。
「ちなみに、俺の予定は開けてある。―――俺にしとけよ、ジャン」
耳元で誘惑するルキーノの囁きに、俺はキスで応える。
遠くでアレッサンドロの親父が主役がいないとはけしからんと酔って暴れてる。
「親父殿は、どうしてもお前の誕生日を盛大に祝いたかったんだとさ。
俺以外にももう一人いたな、お前を祝ってる人間が」
ルキーノの言葉を聞いて、俺はちょっとだけ心の中で親父に謝罪した。完全に
嫌がらせか何かと思っていたが、一応俺のことを考えてくれていたのか。
「なあ、ルキーノ」
「ん?」
「いや・・・・なんでもない」
言葉にすると安っぽくなりそうで、俺は言葉を切って首を振る。
(俺は、26歳にして初めて―――生まれてきてよかったと思ってるぜ)
あんたのおかげで。こんな俺を支えてくれる奇特な奴らのおかげで。
ルキーノが俺の背中を叩く。さあいくぞと、いつでも背中を押してくれる。
俺はその掌に促されて、虚飾の溢れる優雅な戦場に再び飛び込んで行った。