『ベッドの王様』
カジノを潰されそうになってから、きっかり二日。
ジャンと快楽を共有したい俺としては、ここらが限界ライン。
俺はもう既にカジノを見捨てる準備を始め、それとなくベルナルドに
カジノの経営権を売却しようとしていた。
俺の懐が痛まなければ、ジャンも無体なことはしないだろうという
読んでいる。まあ、純粋なストレス解消の場として大暴れされる可能性も
ないわけではないが、前ほどの損害を与えることはないだろう。
そのあたりの遊び方はわきまえている男だ。
しかし、ジャンは俺の行動を読んでいた。ベルナルドのやつが話したのか
と舌打ちしたい気分になったが、特別口止めはしなかったので無理もない
かもしれない。
押し倒す気満々で小細工しようとしていた俺に、ジャンは新たな脅迫の
材料を提示してきやがった。
「もしカジノを売っちまうんなら、俺、髪の毛超短くしちまおうかな」
丁度暑いと思ってたし、景気よく刈ってもいいな、などと恐ろしいことを
言い始める。やめろ。頼むからそれだけはやめてくれ。
あの素晴らしい手触り、稀有な色合いと艶。それをよりにもよって刈ろうなどど、
正気の沙汰とは思えない。
「頼むからやめてくれ。世界の損失だ」
マジでやられたら泣くかもしれんと思いながらそう言うと、ジャンは
少しばかり呆れた顔になった。
「ほんとに俺の髪好きだよな、あんたって」
「髪だけじゃなく、顔も中身も体も大好きだ。愛してる。頼むから
もうそろそろ機嫌を直せ」
愛してるんだ、と重ねると、ジャンが頬を染めて恥ずかしいのを
堪えているような表情を浮かべる。
俺はジャンの髪に触れると、流れるような自然な動作で唇を重ねた。
「んっ、ちょっ・・・エロいことは禁止だって」
「キスだけならいいだろ・・・?キスも嫌か?」
嫌かと囁いた俺に、ジャンは目を伏せる。
「嫌じゃない・・・・けど」
続く言葉を聞かずに、俺はもう一度唇を触れ合わせる。鳥のように啄ばむような
キスを繰り返していると、ジャンが焦れたように唇を開いた。
俺は許しを得て、もっと情熱的なキスをする。
舌を絡ませて口の中を愛撫すると、ジャンはいつものように俺に応えた。
そのまま押し倒したい衝動を抑えて、深いキスを繰り返す。息が続かなくなると
離れ、殆ど間を開けずにまたキスをする―――その繰り返し。
「る、キーノ・・・おい!息、できねぇ、だろ・・・」
途切れ途切れに言うジャンに、薄く笑う。
「ちゃんと、息継ぎはさせてやってるだろ?」
また唇を重ねると、ジャンは俺のスーツの腕をきつく掴んだ。やめろというつもりなのか、それとも。
「どうした?ジャン。・・・・その気になったか?」
「馬鹿やろう。わかってて・・・聞くんじゃねぇよ」
最後の方は甘えるみたいな口調になったジャンに、激しく興奮する。やっぱり
ジャンは極上だ。
「お前がエロいことするなって言うから、望みどおりにしてやってるんだろうが。
今の俺には、何をするにもお前の許可がいるんだよ」
ジャンが俺を恨めしげな眼差しで見詰めた。ジャンは気付いてないだろう。
この方法が俺にとっても同じぐらいきついことに。
「どうして欲しいか、言えよ」
切実過ぎて、脅迫してるみたいな声になった。俺にとっては不覚だったが、
ジャンはまるで被虐の悦びに焦がれるみたいに、躰を震わせる。
期待している。ジャンも。この先を望んでいる。それぐらいには、
俺とジャンは快楽を共有し続けてきた。
ジャンが黙って俺の頬に触れる。傷跡をなぞって、俺を挑発した。
「あんたは、どうしたい?」
「俺に聞くのか?決まってるだろ」
服の上から触れる。ジャンの鎖骨を人指し指で突いて、刺青を示した。
「ソイツを上書きしたくてたまんねえんだよ」
***
刺青の上を乱暴に突かれて、俺は思わず後ずさった。鎖骨に走った痛みは、
じんわりと余韻を残している。
今はシャツとスーツに隠されている俺のタトゥー。その上には、
いつもルキーノのキスマークがつけられていた。
昨日の夜のことだ。着替えようとシャツのボタンを外した時に、
キスマークが薄くなっているのに気付いたのは。
それが何だか寂しくてたまらなかった。
(だから、そろそろ許してやろうかと思ってたってのに)
ベルナルドからカジノの売却の話を聞いて、気が変わった。折角
許してやろうとしていたのに、人の気も知らないで小細工していたのが
許せなかった。女みたいに勝手な理屈だが、腹が立ったんだから仕方がない。
今日はルキーノがどんなに泣き付こうが、誘惑されてその気になろうが、許してやるつもりなんかなかったのに。
(クソ・・・すげぇ悔しい)
ルキーノの事を許したくなくても、俺の方がルキーノをこんなに欲しい。
体をその気にさせられるだけなら強がれても、ルキーノの独占欲だけは
消えてほしくないと願ってる。
悔しいけれど、仕方がない。俺の怒りの根底には、愛がある。
だから、結局は愛の前に負ける。理不尽でも、どうしようもない。
俺はせめてその事実をルキーノに教えたくなくて、シャツの首元に人差し指を
入れると、強引な仕草でネクタイを緩めた。
「好きにしろよ、エロライオン」
どうせ負けてやるなら、ルキーノには肉欲に流されたと思わせておきたかった。
自分もやりたい気分だから、やらせてやる。その方が理由としてはずっとましだ。
ルキーノの手が伸びる。慣れた仕草でネクタイを抜いて、まるで獲物を
襲う獣みたいに乱暴にシャツを脱がされた。
「ワーオ、情熱的だな。喰い尽されそう」
おどけて言うと、ルキーノの視線に射抜かれた。ホントにライオンの目ぇしてやがる。
「腹ペコだからな。残せるか自信がないぜ」
明らかに冗談だとわかるのに、一瞬本気にしてしまう。それぐらい、
今のルキーノは飢えた獣の目をしてた。
迷うことなく真っ先に鎖骨に唇を寄せ、しるしをつけられる。俺は
その甘美な唇の感触に酔っていたが、やがてもどかしいとばかりに噛み付かれた。突然の痛みに声を上げる。
「いってえ!ルキーノ、おい!マジでいてぇって・・・・!」
キスマークどころか、がっつり歯形を残された。許可したとたんこれかよ、
馬鹿野郎(cavolo)。
「うわ、痕だけじゃなく、うっすら血も滲んでるじゃねぇか!!信じらんねぇ・・」
最後の方は若干泣きたくなりながらそう言った。痕だけじゃなく、暫くは
痛みも残りそうだぞ、クソ。
今までベッドでは色んな無茶をさせられてきたが、傷を残されたのは初めてだ。
残せる自信がないと言ったルキーノが、自分の予想していた以上に
マジだったように思えて、俺は逃げ出したくなる。
そんな俺の心を読んでたみたいに、ルキーノの舌が歯形の上をやさしくなぞった。
最初は傷に触れて痛んだが、たっぷり唾液を含ませて舐められている間に、
幾分か苦痛は薄らいで行く。
湧きあがりそうになっていた恐怖が鳴りを潜めると、全身から力が抜けた。
俺が立っていられなくなりそうなのを見てとって、ルキーノは俺をひょいと担いで
ベッドまで連行する。
なんつーか、ひでぇ。普段は俺には優しい男なのに、セックスとなると無茶苦茶しやがって。
「このサド!やっぱ前言撤回させろ!」
「男が今更ガタガタ抜かすな、ジャン。これ以上痛い思いはさせねえから、
それでいいだろうが」
「いいわけあるか!!!」
暴れる俺をベッドに放り投げ、ルキーノがシャツを脱ぐ。スボンごと下着まで
脱ぎ落し、露わになったルキーノそこは、完璧に勃ち上がっていた。
「俺の血舐めて、興奮したのかよ・・・・変態」
「お褒めに預かり、光栄だ」
「褒めて、ねぇ、って・・・・んっ」
ルキーノが出し抜けに俺のモノに触る。大きな掌に包まれて、俺は思わず
声を上げた。
「やさしくしてやるから、感じてろ。・・・ほら」
ルキーノの指が、裏筋を辿っていく。何度もそうされると、
俺の方も気分が出ちまうんだから、男なんか本当に単純だ。
ルキーノの大きな唇が胸に落ちる。乳首を舐られると、そこからも甘い痺れが
紡ぎ出された。
こんなとこで感じるなんて、昔なら絶対なかっただろうに。ルキーノに
開発されまくってる自分の体が恨めしい。
「声、出せよ。お前の色っぽい声聞くと興奮する」
喉の奥で声を堰き止めていた俺を、ルキーノが咎めた。俺は憎まれ口を叩く。
「そ、れ以上コーフンしてどうすんだ・・・・ぅ・・っん、ああっ」
なるべく喘ぎ声は混じらないように言うつもりだったが、俺が口を開いたのを
見計らってルキーノが指で俺の先を攻め始めた。俺がそこに弱いのをルキーノは
よく知ってる。
「あ、そんな、先ばっか、すんなっ・・・てえ」
「遠慮するなよ、好きに乱れてイキまくればいいさ。お前のココは、
もっとって涎を垂らしておねだりしてるぜ?」
ルキーノの指が俺の先走りを掬って竿の方にも塗りつける。滑りが
よくなったそれを大きな手で扱かれて、絶頂を促された。
「ぅあ・・・・っ、く」
ヤバい。まだそんなに経ってないのに、もう出ちまいそうだ。散々
ルキーノにお預けを食らわせていた間、俺の方も全く抜いてなかった。
「ルキーノ、ヤバい・・・っ、出ちまう」
「出せよ。俺に可愛いイイ顔見せながら、たっぷり吐き出しちまえ」
ほら、とその瞬間を強要される。尿道に爪を立てられて、俺は声を上げて吐精した。
久々の射精の快感に、目の前が一瞬白くなる。乱れた息を整えようと
一度に息を吸ったら、頭がくらくらした。
「なんだ、お前も抜いてなかったのか?すげぇドロドロだ」
「言う、な・・・っ、馬鹿やろ・・・」
「それも褒め言葉だって前に教えたろ?そんなに熱烈だと、
もっと期待に応えたくなるな」
俺のものがべっとり付いた掌が後ろに滑り、たっぷり塗られる。入口を
中指で軽く解されると、誘い込むようにひくついた。
自分でも恥ずかしくなるほどの反応。ルキーノがどう感じているかなんて
知りたくもない。
ぬめりを利用して、ルキーノの中指が入ってきた。骨張った長い指に探られるみたいに掻き混ぜられる。
「ふっ・・・く・・・っ、は・・・・あ、そんな、動かすな・・っ」
「動かさねえと解れねぇだろ。・・・それとも、ガマンできないか?」
「そんな、わけ・・・」
「そうか?お前の中、もういい感じに蕩けてひくついてるぜ?」
ルキーノがもう一本指を追加して、それを証明する。抜き差しされるたびに
ぐちゃぐちゃといやらしい音がした。
「い、やだ・・・もう、いいから挿れろよ・・・!」
恥ずかしい。自分ばっかイカされて、乱れてるとこをただ見られてるなんて、
我慢できない。
癇癪を起した子供みたいに言うと、ルキーノが笑った。すべて思い通りみたいで、くやしい。
ベッドに上げられてから何度悔しいと思っただろう。
色事はルキーノのフィールドで、俺は負けっぱなしだ。
ルキーノが指を抜いて、ガチガチの凶器みたいなそれを俺の入口に押しあてる。
息が止まりそうなほどの圧迫感と、その後に押し寄せる快楽。まだ挿れられてもいないのに、想像すると震えた。
「壊さないでよねっ、野蛮人」
心を隠して女みたいに言うと、ルキーノが笑う。
「なんだ、姫様は王子様みたいな優しいセックスがお好みか?」
「言ってろ、バカ」
王子なんて、片腹痛い。暴君のくせに。
心の中で罵るのと同時に、ルキーノに一気に貫かれた。くそ、相変わらず
デカイ。時々本気で壊れるかと思うぜ。
「相変わらず、きついな。処女並だ」
ははっ、と笑ってルキーノが腰を使う。人の腰骨までガッチリ掴んで揺さぶりやがって。
「ちょ、ルキーノ、きついって・・・・ん、あ、ぅああっっ」
抗議しようとした声が、喘ぎに掻き消された。問答無用かよ。
ルキーノと繋がってる所が熱い。抜き差しされる度俺とルキーノの境目が
曖昧になる。
もう鎖骨は痛くなかった。
さっきまでグダグダ考えてた色んなことも、
頭の中から追放された。
揺さぶられるリズムと色っぽいルキーノの表情、上がる呼吸と快楽の滲んだ声。
それが俺の全部を侵食していく。
ルキーノが俺で欲情して、感じてる。それが今更のように嬉しく感じる。
(ルキーノのこと好き過ぎだ、俺)
両腕を伸ばしてルキーノの首を捕まえる。抱きついて、唇に噛み付いた。
「ルキーノ、る、キーの、ルキーノ・・・・!」
馬鹿みたいにルキーノの名前を繰り返す。応えるようにルキーノが俺の名前を呼んだ。
「ジャン・・・俺のジャン」
そうだよ、あんたのだよ。だから、放っておくなんて許さない。
しるしを付けたぐらいで安心して、俺を野放しにしておくなよ。
俺はあんたが絡むと普通じゃなくなっちまう。一人の夜が寂しいと感じるような、
とち狂った男に。
「ルキーノ、俺・・・っ、はぁ、もう・・・イキそ・・・」
「ああ、俺も・・・そろそろだ・・っ、くっ」
なんでか涙が出てきた。生理的なものかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ルキーノが舌で俺の涙をべろりと舐め取った。
「お前に泣かれると・・・・たまんねえな」
出すぞ、と囁くように呟いて、ルキーノが大量の白濁を吐き出した。
注がれたものの熱さに後押しされて、俺は絶頂の波に叩きこまれる。
「ひ、っ・・・あ、イク・・・っ!」
本日二度目のホワイトアウト。それが治まってもルキーノの液は
まだ俺を満たしていた。どんだけ溜まってたんだ。
受け止めきれなかった精液が、だらだらと垂れてベッドシーツを汚してる。
ルキーノは啄ばむようなキスを、何度も俺の顔に贈ってる。額に、頬に、鼻の上に、
唇に。俺はぐったりしながらそれを受けとめ、うっとりした。
「ハハ、すっげぇ出た」
「・・・・すっきりしたかよ?ダーリン」
「全然足りねぇ。決まってるだろ」
決まってるんだ、へえ。予想はしていたが、この絶倫め。
溢れるほど出した筈のルキーノの分身が、俺の中で硬度を取り戻していく。まさかの
抜かずで連発かよ。
「もういいか?動くぞ」
「え、ちょ、うわっ」
聞いといて、答えも聞かずに動くのかよ!
ルキーノが腰を使いだすと、さっきより大きくぐちゃぐちゃという音が響いた。
ルキーノはチッと舌打ちする。
「滑り良すぎだな。これじゃ物足りねえ」
「テメーがそんな・・・出すからだろ!俺が緩いみてぇに・・言うんじゃねえ、よっ」
「拗ねるな、そんなつもりで言ったんじゃねえ。風呂行くぞ」
言うが早いか、ルキーノはさっさと俺の中から出て行った。滑りがよかったせいか
あっさり抜ける。
「え、風呂ってまさか」
その先を続けさせずに、ルキーノは軽々と俺を抱き上げた。でかい荷物のように
肩に担ぎこんでから、思い出したように言う。
「おっと、お姫様は王子様をお望みだったな」
ご要望通りにしてやるよ。
ルキーノは俺を肩から降ろすと、両腕に抱え直す。つまり。
「ばっ、お姫様だっことかしてんじゃねえ!!!こっぱずかしい!」
「暴れるな、落とすぞ。大人しく抱かれとけ」
全力で足ばたつかせても、落とすぞと言いったルキーノの腕はびくともしない。
ぎゅっと更にきつく抱き寄せられて、髪に、首筋に、耳に、こめかみに。
すげぇ大事なものを扱うみたいに、ルキーノがキスを繰り返す。
とんだ飴と鞭。バスルームに付いたらまた身勝手に欲望を追及されると
わかっているのに、それでも構わないと思わせる。
(やっぱアンタは、ベッドじゃ王様だよ)
とびきりの俺の暴君。王子にはなれなくても、それでいい。そんな優男ははじめから欲しくない。
「風呂でするなら、今度こそ優しくしろー」
「任せろよ」
軽く安請け合いする。誠実なあんたは、ベッドじゃほんとに不誠実な男。
一度も約束を破ったことのないあんたは、ベッドの中で嘘を吐く。
ルキーノ、あんたは甲斐性のある男だけど、それを許してやるのは俺の甲斐性ってやつかな。
(でも―――ベッド以外じゃ、話は別だ)
俺はルキーノの鎖骨に思い切り噛み付いて、揃いの歯形の痕を残した。
***
デイバン市内、港の一角。
俺は朝の挨拶回りを済ませて、タクシーを拾った。
どっかりと後部座席に座って、コートに硬貨のキャンディの袋紙を捻じ込んだ。
一服のつもりで葉巻を吸おうと、シガレットケースを取り出す。瞬間、
傷口が擦れて鎖骨に痛みが走った。顔を顰めるほどではないが、
その存在を意識せざるを得ない。
(アイツも、思い切りやりやがったな)
人のことは言えないが、相当ガッチリ痕を残された。人が見たら
ちょっとした異常趣味に思われるのは間違いない。
葉巻を咥えた唇が、笑みに歪む。なんて可愛い、俺の恋人。
今頃ジャンも顔を顰めているだろうか。そう考えると、楽しくて堪らなかった。
シャツの下にお揃いの秘密。ちょっとしたロマンチシズム。陳腐だが、
悪くない。
(癖になったらやばいな)
俺はタクシーの窓を開け、吸い込んだ煙を外に吐き出す。
今夜はどんな風に遊ぼうか?今日こそガーターベルトを買って帰るのがいいか、
それとも浣腸でも試してみるか。
暴走している俺の思考を咎めるように、鎖骨の上がチクリと痛んだ。