『お姫様とギャングスタ』(ルキーノの場合)



俺には夢がある。かなりベタだが、男のロマン。

以前見た、ピグマリオンという舞台にえらく感銘を受けた。

育ちの悪い花売りの少女を、プリンセスみたいな立派なレディに育て上げる という話だ。

その舞台では別の男と結婚してしまうというラストになっていたが、 バカじゃないのかと思うね。

自分の手で創り上げたいい女を自分の女にする。こっちのが断然いいだろ。

俺は自分で言うのもなんだが、かなりのいい男だ。女に困ったことはないし、 生まれもそこそこいい家柄で、金に困った覚えもない。

だが、数年前に俺のゴッドファーザーであり、敬愛するドン・アレッサンドロの 率いるCR:5のタトゥーを入れた俺は、高校を適当に通いながら マフィアと二足のわらじを履いていた。

来年にはハイスクールも卒業になる。これからのマフィアには暴力だけでなく 世間を転がせるだけのアタマと学歴もなくてはならんというボスの考えで大学への 進路は決まっていたが、今よりは裏の方に重きを置くことができるようになるだろう。

その傍らで女をどうこうなんておままごとみたいな真似をしようと思うほど 俺は酔狂じゃない。いずれは叶えたい夢、というところだった。

そう、例えば俺がCR:5の幹部になったら。 これから歩く道を思えば、そう遠い未来でもないだろう。それまでに 磨きたい女の原石ぐらいは目星をつけておけばいい。

俺は自分の理想の原石について思いを馳せる。イメージは大切だ。 イメージさえ固めておけば、何事につけても有利に運ぶというのが俺の持論。

(まず、絶対外せないのは髪だ。勿論金髪。とろけそうな色で、 さらっさらのやつがいい)

いや、手触りは磨きあげればどうにかなる。重要なのはまず色。相手はあくまで 磨き上げる対象なのだから、素質という点だけで判断すべきだろう。

(色は譲れない。染めた色と元からの色じゃ勝負にもならんからな)

瞳の色は、背丈は、声は、性格は。

余所事を考えながら路地を曲がった時、ふわりとタバコの煙が香った。 煙たさに訝しげに眼をやると、帽子を目深に被った不良少女と目が合う。

瞬間。

瞳の色に、心臓を射抜かれた。燃えるような光を宿した、金の瞳。

「おい、お前―――」

俺が声を掛けるのと同時に、弾けるように彼女は走り出す。 何故逃げるのか。考えるよりも先に俺は反射的に後を追っていた。

逃げられれば捕まえたくなるのが本能だとでも言うように、俺はその背中に手を伸ばす。

指先が帽子の一部を掠め、ふわりと宙に舞った。同時に、こぼれ出る金髪。

その色に、息を呑む。見たことのない稀有な金色。光を受けて輝く。

「イヴァン!」

少女が誰かの名前を呼んだ途端あさっての方向から鉛玉が飛んできて、俺は頭を低くして避けた。

(クソ、どこの誰だ。この俺に鉛玉喰らわそうなんざ、舐めた真似しやがって)

撃ち返してやろうと顔を上げたが、予想していた追い撃ちはなく、 ただ少女の姿だけが完全に路地裏から消えていた。

「なんだってんだ・・・・?」

わからないことだらけで、俺は乱暴に髪を掻き毟る。

もしかしてあの少女はCR:5と敵対する勢力のメンバーなのか。 しかし、今の俺はただの構成員であり、そんなに表立って活動をしている訳でもない。

(なら、なんで逃げる必要がある?ただ声を掛けただけで)

麻薬の取引現場を見られた訳じゃない。ただ目が合った、ただそれだけのこと。

その日から、彼女は俺にとって忘れられない女になった。

あれ以来あの路地裏で再び彼女を見かけることはなかったし、 周囲にそれらしい人物の情報を聞きこんでみたりもしたが、 何一つ情報は得られなかった。

それでも、一瞬で俺の心ごと引き掴んだあの眼差しと、金の髪が忘れられない。

俺は確信している。あれは俺の運命の女だ。

見つけ出して俺の思いのままに磨き上げるもよし、誑し込まれて人生を狂わされるも よし。どちらにせよ、本気の恋になるのは間違いない。



それから三年後。

俺は大学卒業後に今の幹部から幹部位を譲り受けることが 正式に決まり、顔合わせを兼ねた昼食会としてドン・アレッサンドロの 邸宅へ招かれていた。

顔合わせと言っても、正式に紹介を受けていないだけで、 既にお互いの名前と顔ぐらいは把握している。

特に、現在一番の若手幹部であるベルナルド・オルトラーニとは 仕事で数回顔を合わせた事があった。

食堂に通されると、もう幹部の数人は既に席に着き、気の早い食前酒で 舌を潤わせながら談笑していた。

その中に、ベルナルドの姿と――――見慣れない女の姿を見つける。

女は堅苦しい黒のスーツに身を包み、その細く華奢な体をさらに スレンダーかつシャープな印象に見せていた。

女の正面の席を勧められ、俺は息を呑んだ。頭の中を、三年前の出来事が駆け巡る。

稀有な金の髪。俺を真っ直ぐに見詰める、意思を宿したその瞳――――。

(俺の、運命の女)

彼女は俺に気付いて、その瞳を悪戯っぽい笑みで細めた。

「遂に上ってきたな、ルキーノ・グレゴレッティ」

彼女が俺にそう言うと、隣席のベルナルドは片眉を上げて俺に視線を寄こした。 あまり歓迎しない様子で、『面識が?』と隣に耳打ちしている。

「昔、ちょっとだけね。彼が覚えているかは」

「覚えているさ。――――あんたみたいないい女、忘れるはずがない」

ストレートにそう言うと、俺と斜向かいのベルナルドの目が露骨に厳しいものになる。

(成程。彼女を磨きたいと思うのは、俺だけじゃないって訳か)

俺とベルナルドは暫し無言で視線を交わす。テーブルの下で足を 蹴り合うようなそれに気付いてか否か、ドン・アレッサンドロが口を開いた。

「紹介しよう、ルキーノ。俺の娘、ジャンカルロだ」

「ジャンカルロ・デル・サルトです。周りでは皆ジャンと」

ジャンが猫を被った笑顔で俺に笑いかけた。さっきの言葉遣いとは まるで違う、丁寧な口調。握手のため差し出された手は白くしなやかで、 育ちの良さを思わせる。

「ジャンは見ての通り女だが、俺の跡を継がせるつもりだ。そのために外にはその存在を伏せてきた。これからもCR:5の最重要機密になる」

CR:5の最重要機密と言うことは、つまりオメルタに該当する。いや、 オメルタそのものと言うべきか。

オメルタはマフィアが絶対的に守るべき沈黙の掟。外部に組織の秘密を漏らすことは オメルタで禁じられている。CR:5の語源ですら一部の人間にしか知られずに 秘されているのだ。次期ボスの秘密の重要さなど、考えるまでもない。

(正真正銘の、深窓の秘姫か)

俺は一抹の落胆を覚える。不良娘をレディに仕立て上げる野望を抱いていた 身としては、原石が既に磨き上げられているのは惜しい。

だが、俺の目の前のジャンからは『女』の匂いはしなかった。経験豊富な俺の直感が、ジャンはまだ男を知らないと告げている。

原石は既に磨かれて光を放っているが、一番美しく輝くよう俺好みに カッティングして装飾に嵌めるぐらいの余地はありそうだ。

(そういうのも、悪くはないな)

「よろしく、ジャン」

俺は差し出されたジャンの手を握り、三年越しで捕まえたその手の熱を 噛みしめた。