『お姫様とギャングスタ』(ジュリオの場合)



俺には、大切なものがひとつだけある。

月並みかもしれないが、幼馴染の女の子。名を、ジャンカルロ・デル・サルトという 。

彼女はいつも俺の心の支えで、太陽で、神様で、すべて。

今日はジャンが久々にうちの屋敷に顔を出す日だった。ようやっと 会える、と思うと自然に頬が緩んでしまう。

窓の外を眺めると、丁度ジャンとイヴァンが並んで門をくぐってくるところだった。

ジャンの姿を見つけて喜びに包まれると同時に、冷たい嫉妬が湧きあがる。

イヴァン・フィオーレ。最近注目の若手株。アメリカ系の兵隊を多く従え、 シノギの方も器用にこなすと評判だ。

しかし、そんなことは俺にとってはどうでもいい。問題なのは、そのイヴァンを ジャンが護衛係に指名したということだ。

護衛なら、俺以上の適任などいないのに。あんな半端なアメリカ人にジャンを 任せるなど、ドン・アレッサンドロの判断能力も疑問を帯びてくる。

(どうしてジャンは俺を選んでくれなかったんだろう)

こんなに好きなのに。愛してるのに。例えジャンが俺を幼馴染以上だと 認識していなくても、それでも命を賭けてもいいぐらい。

あの男が特権みたいにジャンの傍に付いているのかと思うと、血の欲求が 抑えられなくなりそうだった。

落ち付け。自分に言い聞かせる。ゆっくりと、数を数えて、鼓動のリズムを確かめる 。

衝動が静まってすぐ、コンコンとドアをノックする音がした。

「ジュリオー」

ジャンの声。俺は半ば駆け寄るようにしてドアを開けた。ドアを開けておかなかった 自分が悔やまれる。開けておけば、今頃はジャンの姿が見れていたのに。

「いたいた、ジュリオ。久し振り」

「ジャン。久し、振り」

頭の中では色々考えていたが、ジャンを目の前にすると俺はいつもうまく喋れない。 小さな頃と同じように、口下手で遠慮がちな態度ばかりとってしまう。

「何だよジュリオ、相変わらずだなぁ。そんな顔すんなって」

女の俺よりカワイイんだから、とジャンは頬に手を伸ばした。

ジャンの身長は160センチ程度で、俺との身長差は15センチ。まだ大丈夫。

いずれ俺がもっと大きくなったら、こんな風に頬を摘めなくなるのかなと 以前ジャンが言っていた。

俺はジャンを守れるようもっと大きくなりたかったけれど、昔と同じようにジャンに 構ってもらえないのは嫌だった。

小さくてすべすべの掌が、俺の頬をぎゅっと摘む。全く痛くないわけではないけれど 、ジャンに触れられている事実と天秤にかければどちらに傾くかは考えるまでもない 。

「おお、来ていたのか。デル・サルト嬢」

廊下の方から掛けられた声に、俺は少し佇まいを直す。廊下には 俺のお爺様が立っていた。

ジャンは俺から手を離すと、俺に向ける顔とは違う余所行きの顔でお爺様に 笑い掛ける。

「お久しぶりです、ドン・ボンドーネ。相変わらずお元気そうで何より」

お爺様は普段あまりないほど機嫌がよさそうに笑った。

お爺様はジャンを俺の許嫁にと望んでいる。ボンドーネとデル・サルトの 血筋を融合させるのだと。

その為にジャンの心を惹きつけておけ、機嫌を損ねるなと昔から 命令されてきたけれど、それは俺にとってお爺様の命令の中で 一番嬉しい命令だった。

「少し見ない間にまた女らしくなりましたな。おいジュリオ、お前も 何か言わんか」

「あ、あの・・・・はい」

俺は何を言えばいいのかわからなくて、言葉を濁す。お爺様の期待に 応えたいと思っていても、いつもあまりうまくいかない。

お爺様はそういう俺を苛立たしげに見た。

「気の利いた挨拶一つできんとは情けない。それでもボンドーネ家の、 儂の跡継ぎか」

お爺様のステッキの先が浮く。打擲を予感して俺は身構えた。 ジャンは俺より小さな体を前に出して、至極朗らかな声でお爺様に言った。

「まあまあ、お爺様。そんなにジュリオを苛めないで下さい。 ・・・・私は、ジュリオのこういうお世辞の言えない素直なところが 好きなんです」

ジャンは昔から俺がお爺様に叱られそうになると、こうやって庇ってくれた。 私はジュリオよりお姉さんだからと言って。

俺はそれがとても嬉しかったけれど、今は少し悔しくもある。

いつまでもかわいそうな弟ではなく、男として見て欲しい。けれど、お爺様にも逆ら えない俺は、まだそれ以上になることはできないのだろうか。

ジャンにお爺様と呼ばれて、お爺様は溜飲を下げた。本当に、ジャンはすごい。

「私はどちらかというと、ジュリオよりお爺様のお身体の方が心配よ。 あまりキャンディばかり摘み食いなさらないで、真面目にお野菜をお食べになった 方がいいと思いますわ」

一瞬俺にはジャンが何を言おうとしているのかわからなかった。お爺様は 俺と違って甘いものがお嫌いで、キャンディなど食べないのに。

だが、お爺様はジャンが何を言おうとしているのかすぐにわかったようだった。 一瞬厳しい目つきになり、それから取り繕うように声を上げて笑う。

それを見て、俺はようやっとジャンの言葉の意味を理解した。

ジャンの言ったキャンディとは、飴玉のことではなく―――――麻薬、だ。

死にたくなければ秘密に麻薬取引などしないで、本業に精を出せと。そう言ったのだ 。

ジャンはにこにこと愛想よく笑っている。その笑顔は人を脅しているようには とても見えない。

「未来の孫の花嫁に身体を気遣って貰えるとは、なかなか悪くない。 儂もジュリオが結婚したら、安心して跡を継がせて楽できるんだが・・・」

お爺様はジャンが俺と結婚すればやめてやると言葉の裏に交換条件を叩きつける。

ボンドーネの血がCR:5のカポであるデル・サルトに混じれば、 後々の繁栄は間違いない。次期カポの身内として、権力は思いのままだろう。 麻薬の密売などより、ずっとうまみがある。

ジャンとお爺様の間で見えない火花が散った。双方とも至極穏やかだが、 場に漂う緊張感は拭い去りようがない。

「ドン・ボンドーネ。お客様がお見えです」

執事が間を読んだように絶妙のタイミングで声を掛け、お爺様はそちらに 視線を遣った。

「今行く。応接室に通しておけ。――――では、デル・サルト嬢。 また」

「はい、ドン・ボンドーネ。また」

手を振って、ジャンはお爺様を送りだす。姿が見えなくなると同時に、 『狸ジジイめ』とピンクの舌をべえっと出した。

「相変わらずだよな、ジュリオの爺さん。何かって言うと俺を ジュリオとくっつけたがりやがって。そーはいくかっての」

ジュリオもそう思うだろ?と同意を求められて、俺は口籠った。 お爺様のジャンに対する見方はさておいて、俺はジャンさんと 結婚するのに文句などあるはずがない。

そういう俺をどう解釈したのか、ジャンは小さくため息をついて、 優しく俺の頭を撫でる。

「ジューリオ。お前も、もっと自由に言いたいこと言っていいんだぜ? あの爺さんが何かしようとしても、絶対俺が守ってやるから」

違うのに。俺はジャンが好きだから、これでいいと思ってるのに。

「言いたいこと、ほんとに・・・言っても?」

勿論、とジャンが頷く。

「お、俺は・・・・俺は、あなたに、我儘が言いたい」

お爺様ではなく、あなたに。

俺がお爺様に望むことなど、取るに足らないことだ。なるべく 機嫌よく、俺を褒めてほしい。ぶたないで、できればお母様のことを 悪く言わないでほしい。それくらい。

なのに、俺がジャンに望むことには果てがないように思える。 俺を一番好きになってもらいたい。いつも傍に置いて、笑ってほしい。 抱きしめてほしい。

贅沢すぎる望みとわかっていても、それが叶えばもっと果てしなく 望みが溢れ出してくるだろう。

「言ってもいいぜ、ジュリオ。俺にできることなら、叶えてやるから」

ジャンがやさしく笑ってくれる。俺はこわくなった。

一度我儘を言ったら、もっと我儘が言いたくなる。ジャンが困ってしまうような 我儘も沢山言って、叶えられないことが我慢できなくなるかもしれない。

(そうしたら、ジャンは俺を嫌いになってしまう)

そんなのはいやだ。ジャンに嫌われたくない。俺を好きでいてほしい。

「どうした?ジュリオ。・・・ほら、言えって」

ジャンが俺の言葉を待ってる。

俺は言葉を選んで、たった一つの我儘を言った。ジャンを困らせないで済む、 ささやかで、でも俺が一番望んでいること。

「俺のこと、ずっと・・・・好きで、いて」

嫌いにならないで。

「なんだよそれ。嫌いになるわけないだろ、バッカだな」

大好きだよ、ずっと。

ジャンの言葉が、心臓の奥まで浸食していく。俺は、その根拠のない 約束に幸せを感じていた。

(――――今は、これでいい。今はまだ、これで)

ジャンが誰のものにもならないで、俺を好きだといってくれるなら。

大好きだよ、ジャン。俺の太陽。神様よりもやさしい俺の幼馴染。

どうか、他の男なんか好きにならないで。俺はきっと、そいつを殺してしまうから。

俺は想像して湧いた殺意を隠して、無邪気にジャンに抱きついた。