『お姫様とギャングスタ』(イヴァンの場合)
相性がよくない。絶対よくない。そう思っていたのに、どうしてこんなことに
なっているのか。
イヴァンは精神的な疲れを覚えながら、目の前の少女を見つめた。
金の髪を半分以上男物の帽子で隠し、質素なTシャツとジーパンに身を包んだ
少女は、小さな唇に煙草をくわえている。
どう見ても育ちのよくない悪ガキの一人にみえるこの少女は、ジャンカルロ・デル・
サルトという。男の名前そのものなのは、父親であるアレッサンドロが
ジャンを自分の跡取りにするためにわざとそう付けたからだ。
この不良娘そのものの少女は、この町を仕切るマフィア、CR:5のボスの一人娘。
目に入れても痛くないほど過保護に愛情を受けて育った、上流階級の人間だ。
イヴァンはそのジャンの護衛兼お目付け役をアレッサンドロに命じられている。
というか、何故かジャンがイヴァンを指名したらしい。
ジャンがアレッサンドロの一人娘だということ自体が、CR:5の中でも
トップシークレットだった。
「お嬢、そろそろ帰らねぇとボスとの約束に遅れるぜ」
イヴァンが軽く咎めると、ジャンは形のいい眉を寄せて渋面を作った。
「ったく、めんどくせぇなあ。親父のやつ。っていうかイヴァン、お嬢って呼ぶな
って言ってんだろ」
苛々とタバコの吸い殻をブーツで踏みにじりながら、ジャンはイヴァンを睨む。
(ああ・・女ってやつは)
イヴァンはため息をつきたくなった。なんで女ってのはこうも変われるんだ。
いつも通っているお嬢様校でのジャンは、周囲から全く浮くことのない
完璧な令嬢だ。それが、一旦学校から飛び出すと、イヴァンに着替えをせがみ、
整えた髪と口調も乱して煙草を吸う有様。
こんなところをアレッサンドロに見られたら、イヴァンの命はないかもしれない。
保身のためには、このお嬢様の所業をボスに報告するなり、こんなことはしないよう
に言い含めたりしなくてはならない。そうわかってはいるのだが・・・。
『イヴァンは俺を裏切ったりしないよな?』
蜂蜜色の大きな瞳に見つめられて頼まれると、どうしてもダメだと言えない。
ジャンはお嬢だが、一度もイヴァンを半端者という目で見たこともなければ、
上流階級特有の差別的な態度をとったこともなかった。
家から山ほど菓子を持ってきて、路地に溜まる小さな子供と一緒にビスケットを齧っ
ているような女。誰に対しても壁をつくらない女。
最初はお嬢様がどんな気まぐれで自分なんかを護衛に選んだのかと斜めに見ていたイ
ヴァンだったが、段々と苦手意識はなくなっていった。
「仕方ない、帰るか。イヴァン」
「へいへい」
ジャンを守るようにして車まで戻り、運転席に滑り込む。イヴァンが運転している間
、ジャンは恥ずかしがる様子もなく着替え始めた。
勿論、開け広げに全部脱いだりはしないし、うまく見えないように着替えているのだ
が、仮にも女が男の前で平気で着替えるのはどうかと思う。
「お前、もう少し女らしくしたらどうだ?俺が襲うとか思わねぇのかよ」
後部座席に向かって言うと、ジャンは服から首を出して悪びれずに言った。
「今までそんな事したことないじゃん」
男として見られていないように思えて、イヴァンはムッとする。
「今までは今まで、これからはこれからだろうが」
言うと、ジャンは着替えの手を止めてミラー越しにイヴァンをじっと見た。不審の眼
ではなく、不思議そうな目。
「でも、イヴァンは大丈夫って信じてるから」
そう答えてジャンは、ジーパンの上からスカートを履き始める。
楽観的な奴だと呆れはしたが、悔しいことにその信頼を裏切れそうもない
自分がいた。ファック、と口の中で罵る。
そんなイヴァンをよそに、スカートを履き終えたジャンは勢いをつけて腰を浮かせ、
さっとジーパンを脱ぎ去った。
イヴァンの頭の中にチラッとイタズラ心がよぎる。
「―――――――――お嬢、今、パンツみえてましたよ」
ぼそっと意趣返しのつもりで呟くと、ジャンは反射的にスカートを抑えて、
一瞬のうちに耳まで真っ赤になった。
「見てんじゃねえ!バカ!変態!」
そんな一瞬で見える訳がないのに、ジャンは一心不乱に喚き散らす。
(あー、クソ。可愛いなあ・・・)
イヴァンは信号待ちの間ハンドルに頭を凭れながら、尽きることなく自分を罵る
言葉を背中に浴びていた。