いつもピカピカでいたかった。あんたに近づきたかった。

それが偽物の笑顔で、安っぽい金メッキだと知っても、あんたは変わらずに 俺を抱きしめていてくれるのか。



『damerino』



午前0時。窓の外はまだ街灯で明るい。

俺は一人でそこそこの夜景を眺めながらブランデーを舐めた。

一週間前まではルキーノの邸宅に居候の体で転がりこんでいたが、今は一人でホテルで生活している。

ホテルといっても、一構成員だった頃利用していたような安ホテルではなく、高級ホテルの最上階だ。

今は俺にも数人の直属の部下が付き、そいつらへの面子もあった。それでなくとも、次期カポとしてふさわしいふるまいをしろとルキーノにもベルナルドにもよく言い含められている。

俺がホテルで生活することをルキーノは大反対したが、仕事の都合と適当に理由をつけて、半分逃げ出すようにこのホテルへ移ってきた。

原因は、ルキーノの浮気―――ではなく。

俺が、だめになった。なんていうか、ダメダメだ。

こんな馬鹿で嫉妬深い男ではなかったと思う。男ならイイ女がいればちょっとくらい その気になるのは当たり前だし、ましてやルキーノは容姿・地位・甲斐性揃った最高の伊達男。女なら誰だって夢中になるに決まってる。

わかってる。わかってた。わかってたはずだったのに。

実際、ルキーノは浮気なんかしちゃいない。あいつは他人が思うよりずっと誠実で、 一緒に外を歩いた時も、一度も他の女に目をやることなんてなかった。

(だけど)

ずっと一緒にいられた時は良かった。ルキーノのあとにくっついて、ずっと傍にいられた。

移動中の車の中でこっそり交わすキスも、冗談も、なにもかも楽しくて、幸せで。

自分の中で歯車が狂いだしたのは、ボス・アレッサンドロが俺にボス見習いとして別口の仕事を言いつけたところから。

最初は目が回るほど忙しくて、それしか考えなくて良かったが、そのうちルキーノから離れていることが不安になった。

ルキーノの方も、俺と一緒に過ごせなくなるのは我慢できんと言って一緒に暮らす提案をしてくれた。

なのに・・・・・うまくいかなかった。

「バカじゃねえの、俺・・・・」

ルキーノから香るムスクに混じった、女の香水の匂い。ルキーノを疑っている訳じゃないのに、漠然と広がっていく不安。

疑うにはルキーノは誠実すぎて、軽口で確かめることすら不誠実に感じた。

いっそ喧嘩にでもなれば、ルキーノはめちゃくちゃな愛情で俺を納得させてくれるだせろうとわかっていたが、甘えたくなかった。

何度でも同じことになる―――そんな気がして。

そんなことが続けば、ルキーノも自分から離れて行ってしまう気がして。

女々しすぎるのはわかってる。自分で自分を今までないぐらい嫌悪した。

こんなのは、俺じゃない。

そう思いながら強がって笑って、本心を押しこめて。

「それで、隠し通せなくて尻尾巻いて逃げだしました、か。どこがピカピカだよ」

自嘲してブランデーを一気に喉に流し込んだ。

焼ける喉。極上の酒の味。

それよりルキーノのキスが欲しいと思う自分を、思い切り笑い飛ばしたかった。

***



「何考えてんだ、あいつは」

吐き捨てて、苛立ち紛れに右手のグラスをカウンターに叩きつける。

隣で愚痴を聞いていたベルナルドが、肩をすくめて苦笑した。

「そんなに荒れるなよ、ルキーノ」

宥める言葉がますます癇に障って、俺はほんの少し声を荒げた。

「これが荒れずにいられるか!?ジャンのやつ、あからさまに適当な言い訳して出て行きやがって!!!一体なんだってんだ」

あの時黙って行かせた自分を罵ってやりたい。数日の間だけ、という口約束はそろそろ破られたと思っていいだろう。

「今日で一週間目だぞ。仕事の都合とか言ってたが、ボスに確認してもそんな事実はない。おまけに電話には出ないわ、直接出向いても留守なんだか居留守なんだかわかりゃしねえ。クソ」

「その様子だと、お前が浮気したセンはなさそうだな。てっきりそうだと思ってたが」

ベルナルドは言いながら水割りを舐める。眼鏡の奥の目が完全に楽しんでいるのを、俺は思い切り睨みつけた。

「俺は本命を裏切るような真似はしないぞ」

「そこが意外っていうのか、ある意味お前らしいというのか、なんとも言い難いところだね。でも、ジャンもそう思ってるとは限らないんじゃのか?」

遠回りに、誤解させるような真似はしなかったのかとベルナルドに尋ねられ、即答する。

「ないな。あいつと暮らしてた時は帰宅は10時厳守。就寝はほぼ毎日3時だ。 あいつがちょっと不安定な時期なのはわかってたからな。言葉でも行動でも表現は惜しまなかったつもりだぞ」

「就寝は毎日3時・・ね。ハハ」

そこまで聞いてないよとベルナルドは乾いた笑いを発する。

「でもさ、お前がそんな調子で荒れてると、ジャンのやつだって顔を出しづらいんじゃないか?一度避けた手前、ばつが悪くて・・ってのもあるだろ」

「そこだよ!なんで避ける必要がある!?恋人のこの俺を!こんないい男を無視するなんて信じられるか!?」

自分でも信じられないぐらい流れるように不満が口から溢れ出す。他人に聞かれない程度とはいえ、こんな声を出すのは本当に久しぶりだった。

「いい男、って自分で言うかね。・・・お前がいつになく不機嫌な理由、なんとなくわかったぜ」

ベルナルドがニッ、と唇を引き結んで笑う。

「午前3時まで愛し合ってたハニーと、一週間ご無沙汰だ。そりゃあ荒れるな」

「・・・・クソッタレ(Vaffanculo)」

引き際を心得て、ベルナルドが席を立つ。

「とりあえず、明日ジャンには話を通しておいてやるよ。仕事のついでだしな」

「頼む」

ジャンが次期カポでさえなければ、自分で無理矢理にでも会いに行くところだったが、現在ジャンの下にはボス・アレッサンドロの信頼が厚い部下が数人付いている。

一度『ジャンと緊急の話がある』と人払いをしてみたが、ジャンの野郎、 自分の命令がない限り持ち場を離れるなと命令してやがった。

現在の階級では俺の方が上だから、ごり押しできないわけじゃないが、古参の兵隊の前で次期ボスを下に扱うのはまずい。

まして、俺とジャンがデキてるなんてのを知られたら、もっとまずい。

(こんなに腰が重いのは、監獄以来だぜ)

俺は深くため息をついて、カウンターに身を突っ伏した。



***



「――――ってことになってるみたいだけど?」

俺は昨晩のルキーノの様子から、最近のルキーノの妙に苛立った雰囲気にかけて、 事の元凶ともいえる男に語って見せた。

ジャンは話を聞いている間、赤くなったり青くなったりを繰り返していた。それを 純粋にかわいいと思う。

どうせルキーノが自分のせいで凹んでいるのを嬉しがったり照れたり心配したりお仕置きを恐れたりしてるんだろうが、そのリアクション全てが顔に完全に出ている。

「おまえ、ポーカーはできないね」

俺の言葉に、ジャンは少しばかり悔しそうにしながらも頬を軽く染めて言った。

「どうせ、全部顔に出てるよ」

その顔があまりにかわいくて、噴き出す。

「褒めてるのさ。いやあ、ルキーノが羨ましいね。こんな可愛い子猫を恋人にできて」

半分は本心を込めて言ったつもりだったが、ジャンは完全に冗談として処理してフンと鼻を鳴らした。

「で、引き籠りのお姫様はキングの何がお気に召さないんだい?」

顔を覗き込んだまま言うと、ジャンは暫く口を引き結んで迷っていたが、そのうち ためらいがちに口を開いた。

「どう言えばいいのかわかんねえ。ってより、多分聞いたらおまえ笑うか呆れるかだと思うんだよな」

俺に話すというよりは、現状整理のようにジャンは呟いた。俺は黙ってそれを見ている。

「ルキーノは悪くねえんだ。俺が最悪で」

ああ、ジャン、悩んでるんだな。可愛い反面妬けてくるよ、お兄さんは。

最悪で、ともう一度呟いて、口をもぐもぐさせているのを、目を細めて眺めた。

「どう最悪なんだ?」

ダメ押しのように問われて、ジャンは半ばヤケクソな口調でまくし立てる。

「女か!っつーくらい嫉妬してる。ルキーノが手なんか出してねぇってわかってても、 なんかダメなんだよ!俺は元々泥まみれの構成員(soldato)あがりだし、つーか男だし! ・・・・あいつ、元々女好きだし、今はよくてもいつかは・・って思うだろ!?」

言ってて気持ち悪くて鳥肌たってきた、とジャンは自分の両腕をしきりに擦っている。照れ隠しというよりは、自分の女々しい発想を心底気持ち悪がっているらしい。

「俺はお前はどんな女より魅力的だと思うがね。女の替わりはいるが、お前の替わりは100万ドル積んでも手に入らん」

「なんの根拠もねーだろ、ソレ」

ジャンがあからさまに疲れた顔をして溜息をついた。俺はその髪に触れたいと思う。

「根拠なら、あるさ。俺は100万ドル積んででもお前が欲しい」

「・・・・口がうまいわね、ダーリン」

ジャンは逡巡して、いつものように軽口を叩いた。冗談にしようとしている。

それを冗談として済まさせやるべきかどうか、少々迷った。

「俺は本気だよ、ハニー」

そして結局、ジャンを甘やかす。本当に、おれはこいつには甘いよ。

「つまり、だ。お前は愛されてる自覚もあるし、ルキーノが浮気してない確信もある。だが、将来の展望はない。どうやっても不安でしかたなくてそんな自分が情けない、とこういうことか?」

聞いた話を要約してやると、ジャンは言葉に詰まった。 こういう類の悩み事ってものは、言葉にしてしまうと酷く下らない、なんでもないことに聞こえるものだ。

「馬鹿にすんな!ってか俺だって馬鹿なのはわかってんだよ!でもどうにもなんねえんだから仕方ねぇだろうが!」

言ってて情けなくなってきたのか、ジャンがぐしゃぐしゃと金髪をかき乱す。

そのまま泣き出すような気がして、俺は自分の自制心をフル稼働させた。

そして、ドアの方に顔を向けて言う。

「――――ってことになってるみたいだけど?」



***



ベルナルドが本日二度目になる同じセリフを吐いた。

相手は、俺じゃなく―――。

ドアが開いたのと同時に、俺は逃げたしたくなる衝動に駆られた。

「・・・ルキーノ」

ルキーノはあからさまに怒っていた。いつもと同じライオンヘアが、凄味を増して見せる。

俺は何か言い訳しようかと思ったが、どれから言い訳するべきかすらわからなかった。仕方なく、視線をルキーノから逸らす。

あれだけ大事に愛されて信じてなかったなんて、どんな暴言を吐かれても仕方ない。覚悟はできていた。

「俺の家から突然飛び出したと思ったら、それが原因か」

くだらない、と言わんばかりの冷たい口調に思わずカッとなる。

そりゃあルキーノには非はないのだし、さぞかしツマンナイ理由に見えるでしょうよ、自信満々のあんたにはね!

「っ、あんたなんかに俺の気持ちが解るかよ!そりゃ俺はモテねぇし、運ぐらいしかねぇよ!あんたは超イイ男で仕事も出来て自分に自信もありまくりだ、なんの不安もないだろうよ!」

ルキーノの眉がぴくっと動いた。怒らせたのはわかっているが、口がもう止まらない。

「それに引き替え俺はだなぁ!自分に自信がねぇ上に、あんたみたいな身勝手な男がなんでこんないいんだってくらい好きで仕方ない、あんたは伊達男で女にモテモテ、 どんな女もイチコロ!嫉妬して悪いか馬鹿!(cavolo!)」

っていうか俺もう何言っちゃってんの。支離滅裂じゃねえか。

「大体、アンタが悪いんだよ!かっこつけやがってこの女たらし(damerino)! あんたがそんなにいい男じゃなかったら俺だってもっと余裕こいていられんだよ畜生!」

すげぇ俺。ノンブレスで言い切ったよ。

かわりに、息を吸い込んだ瞬間他にも言ってやりたかったはずの言葉が全部ぶっ飛んで行った。ついてねぇ。

ルキーノはというと、黙って腕組みして俺を見てる。ベルナルドすら言葉を失って首を横に振った。

「すごいねルキーノ。正直妬けるよ」

ベルナルドが茶化すようにルキーノに言う。ルキーノは「やかましい、帰れ」と言い捨てた。

ベルナルドが出て行って、二人きりになる。気まずい。超気まずすぎるじゃねえか。

ルキーノは咥えていた煙草をテーブルの灰皿に押し当てて、俺に視線をやった。

言いたい放題言った自覚はある。何を言ったのかもう殆ど覚えてないが、今更撤回はできない。

ルキーノは手を伸ばして、俺の腕を掴んだ。暴力に直結した体が、反射的にビクリと震える。

「帰るぞ、ジャン」

ルキーノはそれだけ言って俺の腕を引っ張った。

「はぁ!?あんた俺の話聞いてたのかよ!」

「聞いてたがなんだ。あんな下らない理由で一週間もお預けくらわせやがって」

くだらない、とはっきり言われて俺はキレそうになった。同時に、その通りだと泣きたくもなる。

「クソ、んな顔してんじゃねえ。――――お前が悪いんだぞ」

出口に引っ張ろうとしていたルキーノの腕が反転して、俺をベッドの方まで連れて行く。少々乱暴に転がされて、すぐに慣れた圧迫感に襲われた。

「な、ルキーノっ」

押し倒す気満々のルキーノを押しとどめようと体の間に足を入れると、両肩を抑えつけられたまま、膝で足を割られた。

さらに密着してきたそれに、ルキーノがもう既にガチガチに勃ってたと気付く。

「おまっ、何考えてんだよ!」

「お前が悪い。散々この俺を焦らした挙句、可愛いこと喚き散らしやがって」

「誰がかわい・・・んんっ」

反論しようとした口を、ルキーノに塞がれる。すぐに舌が入ってきて、俺の口腔を蹂躙した。

どこが感じるか、全部知りつくした動き。畜生。

俺の悩みなんか取るに足らないと思ってる男なのに、下半身事情優先のエロ男なのに、なのに、なんで抵抗できないんだよ、俺の馬鹿野郎。

たっぷり唾液を呑み込ませてようやくルキーノの唇が離れた時には、俺の体には力が入ってなかった。悔しいぐらいのテクニシャンぶり。

「お前は自分で言ったことの意味があんまりわかってないみたいだったから言ってやるが、あれは全部『いい男の俺を愛してる』って意味だ。何回喚かれようが愛想なんか尽かしてやらんから安心しろ」

キスでぼんやりしかかった頭の俺に、ルキーノが言う。

畜生。格好いい。なんで俺がどうやってもどうすることもできなかったことを、 こんな簡単に処理しちまうんだよ。出来る男にも程があるだろ。

不覚にも泣きそうなって、俺はルキーノの背中に腕をまわして、首筋に思い切り噛み付いてやった。

「いってぇ!てめ・・・!」

「うっせえこのタラシ!」

怒鳴り返した拍子にルキーノのシャツの襟が濡れる。そんな些細なことですら見逃さないこの男が憎らしい。

ルキーノの手が俺のネクタイを放り投げるのを、俺はもう止めなかった。



***



その後、俺はあの日結局、落とし前のために貫徹させられた。ちなみにベルナルドが帰った時刻は、多分夕方五時くらい。マジで七日分かよ、クソッタレ。

その後意識飛ばして気づいたらルキーノの家に逆戻りしてたんだから、驚きだ。こいつ、どこまでタフな男なんだ?

しかし、ルキーノは『俺だってお前が傍にいない間、お前が色んな男にケツ撫でられてんじゃねえかと気が気じゃねぇよ、クソッタレ(Vaffanculo)』とか言ってたけど、 ありゃ一体どういう意味だ?

あのGDのキ○ガイ野郎を除けば、俺のケツに興味があるなんて馬鹿はルキーノしか いないと思うんだが、恋は盲目ってやつなのかね。

俺はと言うと、これからは嫉妬したら素直に嫉妬したと言う事にした。というか、させられた。嫉妬されると愛を実感して燃えるんだと。あの変態。

(今思えば、ピカピカの自分に拘って背伸びしようとしてたのが間違ってたってのはわかんだけどさ)

つまんない背伸びはもうしないことにした。

俺が精一杯きれいに見せようとして見せかけの金メッキで取り繕ったところで、 あんたはそれを丸ごと剥いでただの石ころにしちまう。

たとえ石ころでもあんたは俺を磨いちまうんだから、本当にイヤになっちまうね。