『age22』
昨夜、ジャンが出てくる夢を見た。
それでなくとも毎日頭の中をその存在で侵食しつつあるというのに、
遂に夢の中まで現れるとは、何て罪作りな男なんだ、ジャンカルロ。
ジャンはいつも通りのジャンで、無邪気に笑っていた。
夢の中の俺はというと、そのジャンを強引に押し倒し、華奢な体を組み敷いて
自分の欲望を曝け出す―――なんてことはなく、やっぱり普段の俺のままだった。
どこまで情けない男なんだ、俺は。
自分より6つも年下の、16歳の、しかも男にこんな欲望を抱いているなんて、
自分でも頭がどうかしちまったのかと思うが、俺はジャンに相当参っていた。
(16歳なんて、通ってればハイスクールだぞ。まだガキじゃないか)
自分の頃のハイスクールなんて、と想像したついでに、俺のハイスクールの
制服を着たジャンが出てきた。胸に校章の入った白いシャツをだらしなく
崩し、ネクタイをかろうじて引っかけている。
(胸元は半分近くまで見えてて、清潔ないい匂いが・・・って、何考えてる俺!)
長いウェーブの髪をガリガリと掻き毟りながら、俺は妄想を散らす。
今までそれなりに女とも付き合い、今だってステディな関係の女がいるってのに、
まさか男を欲望の対象にする日が来ようとは。
ジャンとの出会いは、一年前のこと。
ボスにジャンの面倒を任された時、最初は面倒なことになったと思った。
殺しの腕よりも頭の方を見込まれ、いずれ組織のブレーンとして
活躍すべくCR:5の活動の他に大学生として勉学とその他諸々の
雑事もこなしていた。
その大学も卒業して、さあこれからという時に、ボス直々の命令という
いわくありげな爆弾のお守をしなければならないのかと思うと気が重くなる。
俺はこれでもそれなりに長く組織に在籍し、直属の上司にも早く実力を
示して引退させろと言われている、次期幹部候補だ。
その俺にただの新人、しかも構成員でもない準構成員の面倒を見ろなどと、
どんな気まぐれでもあり得ない。
(ジャンカルロ・・・・一体何者だ?)
今後の俺の身の振り方を左右する存在になる。そんな予感がして、俺は
気を引き締めて引き合わせの場に臨んだ。が・・・。
ボスの横には、華奢で一瞬女にも見紛うような子供が立っていた。
身長もこれから伸びるだろうが、目算で167程度しかない。
「おおきたな、ベルナルド。こいつがジャンカルロだ」
ジャンカルロと呼ばれた少年は、金髪を揺らしてシニカルにほほ笑んだ。
「ヨロシク、先輩」
挨拶したジャンの頭を、ボスが拳で殴りつける。
「宜しくお願いしますと言え、言葉遣いも知らんのかお前は」
「いででででっ!殴ることねーだろボス!わかりました!わかりましたよスンマセンでしたっ!」
血の粛清の実行者であり、死神サンドロの通り名で恐れられているボスに、
この口のきき方。
しかし、ボスはそれを本気で腹に据えかねてはいない様子だった。
「ヨロシクオネガイシマス」
言い慣れない言葉を言うみたいに、硬い口調で言い直したジャンの尻を、
頭も下げんかとボスが叩く。
俺はボスの前だというのに、不覚にも吹き出しそうになった。
「ああ、宜しく。ジャンカルロ。俺はベルナルド・オルトラーニだ」
今から思えば、これが運命の出会い。
裏がなく、頭の回転も良くて空気も読めるジャンは、傍に置いても
苦痛にならず、年齢の差を超えて冗談を言い合える関係になって行った。
小さな友人をそういう対象として見始めたのは、その出会いから半年ほどしてから。
風邪を引いたらしいジャンが、無理を押してフラフラ任務にやって来た時だった。
見るからに体調が悪そうなジャンに、最初は帰るよう言ったが、ジャンは聞き入れなかった。
「おいジャン、無理するな。ひどい顔してるぞ」
ジャンは熱で半分ぐらいしか開いていない目を俺に向けて弱く笑う。
「誰がブサイクな顔だって?ひどいわダーリン・・・・大丈夫だって、
そんな顔すんなよ」
帰る気はないということなんだろう。人の心配を茶化そうとするジャンを
睨むと、ジャンはばつが悪そうに言い募った。
「どこが大丈夫なんだ?まっすぐ歩けてないって自覚してないのか」
ほら、と崩れそうなジャンの腕を掴んで立ち上がらせると、ジャンが
少しだけ体重を寄こす。なんだこいつ、ガリガリじゃないか。しかも軽い。
「とにかく帰れ。これは命令だ。俺の部下に送らせてやる」
「いい、っつってんだろベルナルド。大体、今俺帰るとこなんかねぇし」
ジャンは渋々というように白状した。
一緒に住んでいた女と別れたこと。
それ自体は同意の上だったが、あんたはラッキードッグだから大丈夫でしょと
新しい男を連れ込まれると同時に荷物ごと放り出されたこと。
仕方なく昨日ベンチで寝転がり、起きたら雨ざらしになっていたこと。
酷い女だと思うと同時に、ジャンが女と付き合っていたのだと知って、
何故だか妙な気分になった。俺の中ではジャンは悪ぶっているがすれていない
ハイスクールのガキという印象だったせいもあり、イメージと合わなかったからだろう。
「たまーに、なんだけどなあ。ツイてねぇのが重なる時期があって・・・いつも大したことじゃないからいいんだけど」
仕事に来て熱が出たのには参ったとジャンが溜息を吐く。熱のせいか、
肩に掛った息はひどく温かかった。
「じゃあお前、今日はどうするつもりだったんだ?ホテルにでも泊まるのか?」
訪ねた俺に、ジャンは『そんな金ねぇーよ』と言葉を返す。そして、
甘えたように俺に凭れかかり、恋人のように肩に額を擦り付けた。
「・・・・泊めてくれよ、ダーリン」
その声に、俺は情欲をそそられる。唐突に湧き上がってきたそれが、
この少年によるものだと一瞬わからないぐらいだった。
ジャンが俺にふざけてスキンシップするのも、口先だけで恋人みたいに
冗談を言うのもいつものことで。俺も同じように気を許してふざけあったが、
それに特別な意味などなかった。
それが、いきなりそれに意味を持つなんて、あり得ない。そんなことは
馬鹿げている。何かの間違いとしか思えない。
俺の動揺をよそに、ジャンは完全に俺に寄り掛かって意識を飛ばし始めた。
本格的に熱が上がってきたのだとすぐにわかる。スーツごしのジャンの
体温が熱くなっていた。
「おいジャン、こんな所で寝るな。おいって――――」
「あつい・・・ベルナルド・・・」
熱に浮かされて俺の名前を呼ぶジャンに、心臓ごと持っていかれそうになる。
元々かわいげのある男だと思ってはいたが、こんな種類の可愛さを持ち合わせている
とは。いや、俺が変わったのか。
俺は一人で運び屋の仕事をこなし、ジャンを部下に車まで運ばせた。
そのまま車を自宅に回させ、一晩ジャンを俺の部屋に泊める。
直前まで俺持ちでホテルに泊めてやるつもりだったのだが、
ジャンの体調がいよいよ本格的に悪化しているのを見て気が変わった。
放っておけなくなったのだ。要は。
俺はそこそこ居心地のいいフラットを住処にしていたが、流石に
ベッドは一つしかなかった。俺がここに帰ってくるのは、殆ど寝るためだけだ。
女を連れ込む時もあったが、当然ベッドは一つで用が足りる。
(着替えさせる・・・・べき、だよな)
雨で濡れているスーツの上着を脱がせてやると、スーツどころか中のシャツまで
すぶ濡れになっていた。一晩雨に打たれていたらしいから、無理もない。
ベッドに寝ているジャンのネクタイをほどいて引き抜くと、まるで自分が
ジャンを襲おうとしているかのような錯覚を覚える。
馬鹿なことだと思考を振り払って一つずつシャツのボタンをはずしていった。
滑らかな白い肌。風呂は嫌いだと言っていたのに、少しも荒れていない、
きめ細やかな膚。
「ぅ、ん・・・・んん」
俺が思わず脇腹を掌で撫でると、ジャンは小さく声を上げた。
煩がるような、もっととねだるような、どちらとも取れる声。
このまま犯したい。衝動が明確な意思に変わった。
(何考えてる、落ち着け)
お前は自制心の強い男だろうと自分を叱りとばし、急いで手を動かして
下も脱がせ、極力何も考えないようにしながら着替えを終わらせる。
全てが終わって椅子に座ると、酷く疲れた。
酒でも飲みたい気がしたが、やめる。酒の勢いで間違って手を出しでもしたら、
目も当てられない。
人の気も知らないで、ジャンのやつはベッドで熱に浮かされてやたらと
色っぽい声を途切れ途切れに聞かせている。
寝よう、寝る。寝ることだ。人間寝ている時はおかしなことをせずに済む。
俺はそう決めて、スーツのままソファに体を沈めると、煌々と光る電気照明を
見つめた。眩しい。
すぐに眠りたいとき、俺はいつもこうする。眩しさに目が疲れて目が開けていられなくなると、大抵はいつの間にか眠りに落ちていた。
死は長い眠り、眠りは短い死だと何かの書物で読んだ気がするが、
もしそうならばこの眠りと共に不埒な考えごと今の俺は死んでくれないだろうか。
そうして、今に至る。
一晩経って煩悩を殺せるどころか、
俺は毎日のようにジャンのことを考えている日々だ。
「よーう、ベルナルド。どうしたんだよ、んな疲れた顔しちゃって」
昨日女と遊びすぎたか?と人の気も知らないでジャンが笑った。
(・・・お前の夢見て欲情したせいで寝不足なんだよ、って言ったらどうなるかな)
一瞬そんな考えが浮かんだが、ドン引きしているジャンを想像すると
到底言えそうもなかった。
もし本当に本気にされてホモじゃないかと警戒されたら、ジャンは
俺と距離を置くだろう。それは耐えられない。
「仕事で忙しくてね」
無難な言い訳で取り繕うと、ジャンはフーンと曖昧な返事を返した。
「大丈夫かよ?適度に休まないと体に悪いぜ?」
言いながら、ジャンは俺の顔を覗き込んできた。最近また少し身長が伸びたせいか、
ジャンの顔が一段と近く感じられる。
とろけそうな蜂蜜色の瞳。それが猫みたいな好奇心と少しの憂いを含んで
俺を見つめていた。
「・・・そんな顔で見られると、襲いたくなって困るな」
出来るだけマジにならないように気を付けて言うと、ジャンは声を上げて笑った。うまく冗談にできたことに、俺は満足と一抹の失望を覚える。
想いに気付いてほしい。気付いて、そして受け容れてほしい。身勝手な願い。
もしもお前を手に入れることができるなら、世界が破滅してしまっても
構わないのに。
***
「なーんて考えて煮詰まってた時期が、俺にもあったなぁ」
「・・・・・今のアンタからは想像もできねーな、エロオヤジ。年重ねて
スペック下がっちまったんじゃねえの?」
ベッドの中で、ジャンは寝転びながら憎まれ口を叩いた。俺は
あの頃は触れることさえ躊躇っていた肌に、思い切り顔をすりつける。
「そう言われても仕方がないねぇ。こうやって触った事がなければ
どうにかこうにか我慢も出来てたんだが、一度触ると抑えが利かなくなってね」
うーん気持ちいい、とジャンの背中に頬ずりし、尾てい骨にキスをする。
さっきしたばかりなのに際限なくいやらしいことをしてみたくなるんだから、
本当に罪作りな体だ。
「ちょっ、やめろベルナルド!さっきしたばっかなのにもうサカってやがんのかよ!」
ジャンが慌てて起き上がろうとするのを、体重を掛けて阻止する。
「いいじゃないか。俺もお前も明日は休みだし、昔話の間ちょっとは休憩出来ただろ?」
「タバコ一本吸い終わっただけですけど?」
ジャンの反論は聞かなかったことにする。
「9年分の我慢を取り戻そうという話のつもりだったんだが、
うまく伝わってなかったかな」
「伝わるかボケ!マジでやめろって、いい加減腰壊れる・・んっ」
ああジャン、相変わらずいい声で啼くなぁ。そういう声出されると、
ますます歯止めがきかなくなるのが、わかってやってるのかね。
22歳の俺、安心してくれ。31歳の俺は幸せだ。お前の我慢はきっと実るから、めげずに頑張ってくれよ。
俺は昔の俺にエールを送ると、目先の幸せの中に深く溺れて行った。